1. 「共創」という言葉が語りかけてくるもの
「共創(co-creation)」という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。
ビジネスの世界では企業と顧客がともに新しい価値を生み出すプロセスを指し、学問の世界では研究者と地域や市民が協働して知識を作る活動として使われる。
最近では、「オープン・イノベーション」「リビングラボ」「ソーシャル・イノベーション」など、共創をキーワードにした取り組みが急増している。
しかし、私たちはこの言葉をどれほど深く理解しているだろうか。
共創とは単に「いっしょに何かを作る」ということ以上の意味を持っている。
それは、「創造」という人間の根源的な営みそのものを捉え直す視点でもあるのだ。
2. 「共に創る」とはどういうことか
共創という言葉を分解すると、「共に(co-)」と「創る(create)」である。
つまり、誰かと、あるいは何かと、一緒に新しいものを生み出すことだ。
ここで重要なのは、「共にする相手」は必ずしも人間である必要がないという点である。
私たちは、他者だけでなく、環境・モノ・自然・文化・時間・記憶などとも「共に」創造している。
例えば、陶芸家は粘土や炎と「対話」しながら作品を生み出す。音楽家は楽器や空間の響きと共に音をつくり出す。科学者は自然現象と向き合い、その法則を発見する。
これらはすべて「共創」である。
一見すると「個人の創造」のように見えるが、実際には「素材」「環境」「他者」などとの関係の中で初めて創造は成立する。
つまり、創造とは、常に共創なのである。
3. 知識創造から知識共創へ──概念の転換
ここで「知識創造」という学問的な概念に目を向けよう。
1990年代、日本の経営学者・野中郁次郎が提唱した「知識創造理論(Knowledge-Creating Theory)」は、世界的にも大きな影響を与えた。
彼は『知識創造企業』の中で、組織の中で人が暗黙知を共有し、新しい知識を創り出していくプロセス(SECIモデル)を示した。
この理論は、企業経営やイノベーション研究の礎となっている。
しかし21世紀に入ると、社会の構造が変わる。
デジタル化、グローバル化、環境危機、市民参加の拡大──知識はもはや企業や専門家の中だけで作られるものではなくなった。
行政、市民、NPO、企業、研究者など、異なる立場の人々が協働しながら知を創る時代になったのである。
このような背景から登場したのが「知識共創(knowledge co-creation)」という考え方だ。
知識共創とは、複数の人や組織が互いの知を持ち寄り、新しい理解や価値を生み出すプロセスを指す。
単なる共同研究ではなく、立場や目的の異なる者たちが、「問い」や「課題」を共有し、互いに変化しながら創造していく関係性を意味する。
4. 「共創」と「創造」は同じこと?
一般的には、「知識創造」が大きな概念であり、その中の一部として「知識共創」があると考えられることが多い。
なぜなら、創造という営みは古くから人類が行ってきたことであり、「共創」は比較的新しい言葉だからだ。
しかし、ここで少し視点を転換してみよう。
もし「創造」とは、そもそも何かと「共に」行うものだとすれば、「共創」こそが上位概念であり、創造はその一部だと考えることもできる。
つまり、「共創=創造」なのである。
人間が何かを生み出すとき、必ずそこには素材、環境、文化、歴史、他者などが存在する。
たとえ一人で机に向かってアイデアを練っているときでさえ、私たちは言語や過去の知識、経験、社会的背景と「共に」考えている。
この意味で、完全に孤立した「一人の創造」など存在しない。
創造は常に、何かとの関係の中で起こる「共創」なのだ。
5. 自然やモノと共に創る
この考え方をさらに広げると、人間以外との共創も見えてくる。
たとえば、植物学者が植物と対話するように研究を進めるように、科学もまた自然との共創である。
自然は単なる「研究対象」ではなく、私たちに問いを与えるパートナーである。
環境がなければ発見もなく、自然の反応がなければ実験も成立しない。
芸術家にとっても同じだ。
筆の感触、光の具合、風の流れ──そうした「物理的なもの」との関係の中で表現が生まれる。
デザイナーは素材と、エンジニアは技術と、料理人は食材と共に創る。
こうした「非人間との共創」は、近年の哲学や社会学でも注目されているテーマである。
たとえば、ラトゥールの「アクターネットワーク理論」は、人間と非人間(モノ)を対等な関係として捉える考え方を提示している。
この視点から見れば、創造は常に多様なアクターが織りなす「関係の出来事」である。
6. 「共創」は関係性の中にある
共創の本質は、「関係性」にある。
人が一人でアイデアを思いつくように見えても、それは言語体系、教育、文化、社会制度など、無数の関係の上に成り立っている。
創造とは、個人の中にある「内なる他者」との対話でもある。
心理学者ヴィゴツキーは、人間の思考は社会的関係から生まれると述べた。
つまり、個人の創造もまた社会的プロセスである。
他者との対話、過去の知との連続、文化的文脈との関係性──これらが共創の「場」をつくり出す。
この「場」という概念は、野中郁次郎が「知識創造理論」で示したキーワードでもある。
「場」は、知識が生まれる文脈的空間であり、そこでは人々が相互作用を通じて学び合う。
共創は、まさにこの「場の生成」の中で起こる出来事なのだ。
7. 共創社会の到来
現代社会は、共創なしには成り立たなくなっている。
環境問題、少子高齢化、AIと倫理、地域の再生──いずれも一つの主体では解決できない課題ばかりだ。
行政だけでも、企業だけでも、市民だけでも、限界がある。
だからこそ、異なる立場が共に考え、共に創ることが求められている。
たとえば、医療現場では「チーム医療」という形で、医師・看護師・介護職・リハビリ職・家族・地域が協働して患者を支える仕組みが広がっている。
教育の分野では、教師と地域・保護者・企業が連携して学びの場をつくる「共育(ともいく)」の動きがある。
産業界でも、企業と消費者が共に製品やサービスを開発する「共創型マーケティング」が進んでいる。
このように「共創」は、単なるスローガンではなく、社会の構造的要請となっている。
情報社会・デジタル社会の中で、知識や価値はネットワークを通じて生まれ、循環する。
一人の天才が世界を変える時代から、多様な知がつながり合って未来を形づくる時代へ──私たちはその入り口に立っている。
8. 共創の条件──対話と謙虚さ
では、共創を実現するために必要な条件とは何だろうか。
それは「対話」と「謙虚さ」である。
共創は、異なる立場や価値観を持つ者同士が関わるプロセスである。
そこには必ず摩擦や誤解が生じる。
だからこそ、互いを理解しようとする対話が不可欠である。
相手の知恵や経験を尊重し、自分の前提を問い直す姿勢が求められる。
また、謙虚さとは、自分が世界の中心ではないと認めることである。
人間が自然に、科学者が現象に、企業が顧客に、研究者が地域に――
相手の声を聴きながら共に創る姿勢こそが共創を可能にする。
それは、自己と他者の間に新しい「関係の秩序」を築くことでもある。
9. 共創する知とは何か──「動的な知識」への転換
共創によって生まれる知は、固定的な「答え」ではなく、動的で変化し続ける「問いの連鎖」である。
共創のプロセスでは、参加者が互いの知をぶつけ合いながら新しい理解を紡ぎ出す。
そこでは、結果よりも「プロセス」が重視される。
このような知識は、従来の学問体系の外側にあることも多い。
たとえば、地域住民の経験知、介護現場の実践知、アートや身体表現を通じた暗黙知など、形式化されにくい知が重要な役割を果たす。
共創は、こうした多様な知を結び合わせ、社会的な新しい意味を生み出す力を持っている。
10. おわりに──共創という生き方へ
共創とは、単なるビジネス戦略や研究手法ではない。
それは、世界と共に生きるための態度であり、人間の存在そのものの在り方でもある。
私たちは誰もが、他者や自然や時間と共に生き、共に創っている。
この「共に」という視点に立つとき、世界はもはや「自分」と「他人」に分かれた場所ではなく、関係が織りなすひとつの大きな創造の場として見えてくる。
共創という世界は、すでに私たちの身の回りに広がっている。
それに気づき、そこに参加することこそが、これからの時代の知のあり方である。
個人の知から、関係の知へ。
競争の時代から、共創の時代へ。
私たちはいま、「共に創る」ことから、新しい未来を描きはじめている。
