日本の高齢化はもはや「進行中の課題」ではなく、社会の前提条件になっている。内閣府の高齢社会白書によれば、日本の65歳以上人口は今後も増加し、令和52年には高齢化率が38.7%、およそ2.6人に1人が65歳以上という社会が到来すると推計されている。こうした状況では、介護が必要になってから支えるだけでは追いつかない。介護が必要になる前の段階から、本人の暮らしの中に予防を組み込み、生活全体を整える発想が不可欠になる。(内閣府ホームページ)

この文脈で、セルフケアを単なる「自己管理」と狭く捉えるのは十分ではない。WHOはセルフケアを、個人・家族・地域が自ら健康を維持し、病気を予防し、病や障害と付き合う力だと定義し、しかもそれは医療職の支援の有無を問わないと説明している。介護予防の視点から言い換えるなら、セルフケアとは、運動、栄養、口腔、睡眠、社会参加、心の健康、情報活用を日常に埋め込み、要介護化を遅らせ、生活機能と尊厳を保つ実践の総体だと考えられる。これはWHOの定義と、厚生労働省が示す介護予防の考え方を踏まえた整理である。

厚生労働省の介護予防マニュアル第4版は、介護予防を運動器、栄養、口腔、閉じこもり予防、認知機能低下予防、うつ予防まで含む複合的な取り組みとして整理している。さらに、通いの場は単なる体操教室ではなく、社会参加や互助を生み出し、地域力を高める拠点として位置づけられている。実際、通いの場では体操、料理教室、スマホ教室、多世代交流などが行われ、専門職が訪れて認知症予防や栄養相談、口腔ケアを行う自治体も増えている。介護予防が「個人の努力」だけでなく、「地域で続けられる仕組み」へ移っていることが、ここからよく分かる。

現場の動向を見ると、介護予防は明らかに地域参加型へ重心を移している。厚労省の説明では、介護予防とは要介護状態の発生を防ぎ、遅らせ、悪化を防ぎ、生活の質を高めることを意味し、その土台として社会参加が特に重要だとされる。通いの場に参加している人は、参加していない人に比べて主観的健康感が高く、月1回程度の高齢者サロン参加で要介護リスクが約半分に抑えられたという研究結果も紹介されている。加えて、全国の住民主体の通いの場への週1回以上の参加率は5.9%にとどまっており、効果が示されている一方で、普及余地はまだ大きい。

このことは、セルフケアの可能性が「医療費を減らす」ことに尽きないことを示している。介護予防におけるセルフケアは、要介護状態を遅らせるだけでなく、孤独や閉じこもり、うつの予防にも効く。さらに、本人が自分の生活を自分で整える感覚を取り戻すことは、尊厳の維持そのものでもある。介護予防は、身体機能の維持だけでなく、生きがいや自己実現の支援を含むと厚労省は説明しており、この広い定義に立てば、セルフケアは福祉の周縁ではなく中心概念になりうる。

現状のサービス動向を産業の側から見ると、成長しているのは、運動、食、予防、健康経営、睡眠、社会参加支援を束ねる“生活密着型”のサービスである。経済産業省の資料では、健康保持・増進に働きかける市場は2020年18.5兆円、2050年59.9兆円に拡大し、患者・要支援者・要介護者の生活を支援する市場は2020年6.4兆円、2050年16.9兆円まで伸びると推計されている。内訳には、検査・検診、健康経営、サプリメントや健康食品、フィットネス、予防、ヘルスツーリズム、介護施設・住宅関連、介護用食品、自費リハビリ、福祉用具、ロボット介護機器などが並ぶ。つまり、介護予防は医療や介護の外側に、かなり厚い民間市場を持ち始めている。

この流れを押し進めるのが、デジタル化とPHR(Personal Health Record)である。WHOは、自宅や地域で使えるセルフケア介入が、医療制度を補完し、UHCにも資すること、そしてその実装にはデジタル技術や健康リテラシーが重要だと述べている。経産省もPHRや健康経営の推進を通じて、日々のバイタル、食事、運動データを活用し、高齢者の状態を可視化し、家族や介護・医療従事者と共有する方向を示している。これからのセルフケアは、紙のチェック表だけではなく、見守りセンサー、ウェアラブル、アプリ、オンライン相談、AIによる行動提案を組み合わせた「継続支援型」へ変わるだろう。

サービスの方向性としては、三つの変化が重要になる。第一に、画一的な教室型から、本人の生活リズムや持病、家族状況に合わせた個別最適化へ移ること。第二に、単発のイベント型から、通いの場、買い物、食事、運動、口腔、睡眠、メンタルヘルスをつないだ継続型へ移ること。第三に、公的制度だけで完結するのではなく、自治体、医療機関、介護事業者、食品企業、保険、住宅、流通、ITが重なる共創型へ移ることだ。WHOがセルフケアは医療制度の代替ではなく補完だと明言している以上、この連携型の設計こそが実装の鍵になる。

経済規模については、まず公的な見通しを押さえる必要がある。経産省は、健康づくりと公的保険外の介護領域を合わせた市場を2050年に累計77兆円とする目標を示している。これは健康づくり59.9兆円と介護16.9兆円を合わせた大枠であり、2020年の25兆円からおよそ3倍の規模である。ここからセルフケア・介護予防関連の市場を考えるなら、狭義には運動、栄養、口腔、睡眠、認知・うつ予防、通いの場、PHR支援などに限られるため、2050年時点でも15兆円から20兆円程度が一つの目安になる。だが、健康食品、見守り機器、保険、旅行、住宅、デジタルサービスまで含めた広義の関連市場で見れば、25兆円から35兆円程度まで見込むのが自然である。これは政府統計ではなく、上記の公的推計を基にしたシナリオ推計である。

海外展開の可能性はかなり大きい。WHOによれば、世界の60歳以上人口は2023年の11億人から2030年には14億人へ増え、UNやUNFPAも高齢化の加速を示している。OECDは、人口高齢化が長期ケア需要を大きく押し上げる一方、介護人材の供給は伸び悩み、労働条件や賃金の問題が採用・定着を難しくしていると指摘している。つまり、世界の多くの国で必要なのは、単なる施設建設ではなく、家庭や地域で自立を支える仕組みであり、その点で日本の介護予防とセルフケアの知見は輸出しやすい。特にアジアでは高齢化の速度が速く、日本の経験は“先行事例”として価値を持つ。

ただし、海外展開は「日本式をそのまま売る」やり方では成功しにくい。WHOはセルフケアの実装にあたり、教育、司法、社会サービスなど他分野の関与、健康リテラシー、デジタル・リテラシー、そして安全で支援的な環境が必要だと述べている。したがって必要なのは、機器やアプリだけではなく、現地語化された教材、専門職研修、効果検証の指標、プライバシーに配慮したデータ設計、自治体や保険者との連携、文化に合わせたコミュニティづくりである。ASEAN向けには、通いの場の運営モデル、栄養と口腔の複合プログラム、見守りと相談のデジタル基盤をパッケージ化し、現地の制度に合わせて再設計する戦略が有望だろう。

介護予防という視点から見たセルフケアは、自己責任論ではない。むしろ、個人の努力を支える社会の設計思想である。本人が毎日少し歩き、よく食べ、口を動かし、人と会い、必要に応じてデータや専門職につながる。その積み重ねを、地域、制度、産業が支える。日本の多死・高齢社会は、この思想を最も深く試せる場所であり、成功すれば世界に輸出できる知識体系にもなる。介護予防の中心にセルフケアを据えることは、福祉政策であると同時に、次の成長産業を形づくる社会戦略でもある。

必要なら、この内容をさらに「学術論文調」「新聞寄稿調」「自治体向け提案書調」のいずれかに寄せて整えられます。